2014年5月17日土曜日

ブルク・キリック(米国パブリック・シチズン):知的財産権に関する米国の提案と日本の現行法規定との比較分析

今年の2月に、パブリックシチズンの知財担当のブルク・キリックさんがシンガポールでのTPP閣僚会合の後日本に立ち寄って、知的財産権に関するプレゼンテーションをしてくれました。

その時に話のベースになる分析資料を後日送ってくれました。かなり密度が濃く専門的な内容であるため、翻訳チームの池上さん、清水さん、田所さんも苦労して翻訳してくれました。

TPPにおける米国の新たな提案を日本の特許法との関連で分析・批判をしています。特許の対象、特許の実質的な期間に関連する条項、実用性との関連での特許の定義に関わる内容、特許侵害における補償額などについて、米国提案が知的財産を、公益とのバランスを損ない、医療費を増加させ、特許を過度に保護するものと指摘しています。(翻訳:池上明、清水亮子、田所剛/監修:廣内かおり)

環太平洋経済連携協定(TPP)における医療およびイノベーション政策に対する批判:知的財産権に関する米国の提案と日本の現行法規定との比較分析Dr.BurcuKılıç, MiKyoeng Kim & Peter Maybarduk Global Access to Medicines Program/January 2014

※1 この分析では、北海道大学の田村善之氏からもコメント及び助言をいただいている。

※2 推奨サイト:KiliçB.,Kim.M&Maybarduk P.「TPPにおける知的財産権に関するアメリカの提案と日本の現行法規定との比較分析」(パブリックシチズン、2013年7月  www.citizen.org/access)


※3 PDFでのダウンロードは以下をクリック
https://dl.dropboxusercontent.com/u/1521351/140517_publiccitizen.pdf (翻訳版)
https://dl.dropboxusercontent.com/u/1521351/140517publiccitizeneng.pdf(英語原文)



項目
知的財産権に関するTPPへの
米国の提案・草案3
日本の特許法
1959年、法律第121号)

分析
診断、治療,および手術の方法に関する特許要件

条文QQ.E.1.3 1段落(節)に従い、締約国は以下の発明を特許可能とすべきである:

b)特定の装置、製造物または組成物の使用方法を含む人間または動物を処置するための診断、治療および手術方法

*日本はこの条項に反対
291項「産業上利用することができる発明をした者は、その発明につき特許を受けることができる・・・」

日本の特許法は291項に例外対象をあげていない。しかし、特許および実用新案に関する審査基準には、産業上の発明に該当しないものとして次があげられている:

2.1 産業上非適用になる発明のリスト
・・・
人間への手術、治療または診断の方法は「医療活動」と呼ばれ、通常医師によって行われる

人間への手術、治療処置および診断の方法は、産業上とするにふさわしくないという理由で、特許の保護対象から除外されている。


医療処置に関する特許は、医薬品特許のエバーグリーニング(既存薬の組成や形を変えた医薬品を新薬として特許申請し、独占期間を延長すること)を助長し、患者を処置するために使う方法について外科医などの医療提供者が責任を負う場合でてきて、医療費の上昇を招くことになる。米国の提案では、原則的に、外科医が素手で手術をしない限り、あらゆる手術方法が特許可能だ。米国の法律では特定の医療提供者に特許侵害の免責を与えているが、TPPでの米国提案は、そうした保護条項の規定が欠落しており、TPP交渉国にとってさらに厳しい結果を招く危険性がある。

TRIPS協定(貿易関連の知的所有権に関する協定)は、締約国が診断、治療および手術の方法を特許の対象から除外することを認めている(条文27.3)。日本は、いくつかの例外を除き、概ね医療方法を特許取得の対象から除外している。

米国が提案している条文QQ.E.1.1は、新規用途や方法に特許を与えている。条文QQ.E.1.3は、人体(または動物の体)の治療方法で特許を取得できるとしている。条文QQ.E.10で規定されている実用性試験は範囲が広く、特定の、実体的な、信頼できる実用性があれば実用性を認められるとしている。以上から、これら3つの条文は、結局、医療行為に特許を与えている。

TRIPS協定27.3の例外は道義的および倫理的理由から多くの締約国が承認している重要な弾力条項で、医療施設や医療専門家は標準治療に対して特許料を支払う必要がないとしている。世界で医療方法に対する特許を承認している国は、米国とオーストラリアだけである

同様の人道的見解から、東京高等裁判所6は医師およびその患者に生じうる危険性を強調した。

米国の提案は、TPPを通じて米国の基準に締約国を従わせるものだが、この提案は自国の法律ともバランスがとれていない。米国の法律は、手術方法に対する特許を認めているが、同時に医療行為者がその医療行為に対して特許侵害で訴えられないようにもしている(35 USC 287c))。

しかし医療行為のなかで、特許取得済みの装置、製造物または組成物を使用してその特許を侵害した場合、免責条項は適用されない。特許を取得していない装置を使用した医療行為には、免責が適用される。

すなわち米国では、治療の際に、特許取得済みの装置を追加するたびに、料金を支払わなければならない可能性がある。

米国の提案によって日本にどのような変更が課されるかの判断は複雑である。例えば、日本は体内で手術器具を用いる方法は特許の対象から除外しているが、医療器具の操作方法に対する特許は認めている。

米国提案が、日本の法律で除外されているいくつかの分野について特許の対象にするよう求める可能性は非常に高い。医療行為の例外措置を撤廃すれば、日本の医療制度にのしかかる負担が増すことになるだろう。医療施設および医療行為者は、本来なら無料、かつ公有(知的財産権が発生しない)とされる処置の方法や手順に対して、特許使用料を要求されることになるかもしれない。

猶予期間

条文Q.Q.E.2  各締約国は、情報公開が(a)特許出願者による作成、認定、または由来でなされた場合、(b)締約国の領土内で出願前12カ月以内に行われた場合、発明の新規性や進歩性を判断するために公開された情報は無視すること。

90によれば日本は提案中

「締約国は、特許出願書が誤って公開されたか、あるいは、特許出願書が発明者またはその発明者から直接的または間接的に情報を入手した第三者による名義継承者の同意を得ずに出願されたものでないかぎり、〔知的所有権に関する官報または〕、特許事務所によって公開された特許出願書に記載の情報を無視することを要求されない。
30条特許を受ける権利を有する者の意に反して第29条第1項各号のいずれかに該当するに至った発明は、その該当するに至った日から6か月以内にその者がした特許出願に係る発明についての同条第1項および第2項の規定の適用については、同条第1項各号のいずれかに該当するに至らなかったものとみなす。

日本での猶予期間には、発明者自身の公表(発明、実用新案、意匠および商標の官報によって公表されたものを除く)と未承認の第三者による開示にも適用される。

猶予期間は6カ月であり、特許庁に出願した日より起算する。猶予期間を発動させるため、日本の法律は出願者に対して、具体的にどの発明が出願前に開示されたのかを示す証明書類を添え、文書で猶予期間を請求するよう義務付けている。
猶予期間とは、特許が出願される前に一定の開示が行われても特許の新規性は損なわれないとする期間のことである。つまり猶予期間制度の下では、特許が出願される前に、例えば出版物などで公開されたとしても、発明には新規性があり、特許の取得が可能とみなされる可能性がある。もともと猶予期間制度は先願主義の下の特別な救済手段として考えられた。国際的には、猶予期間制度を調和させた例はない。

TPPの米国提案では、特許出願者が承認したか、または特許出願者に由来するあらゆる公表に対して、幅広く猶予期間を設けている。TPPの猶予期間は12か月で日本の倍だ。これは不確定状態の期間を長引かせ、発明が公有になる(特許が消滅する)時期を遅れさせる。

日本では2011年の特許法改定で猶予期間の範囲が拡大された。改定の検討段階において、猶予期間を6カ月で維持するか、12カ月に延長するかが議論された。その結果、国際的潮流を考慮すべきであり、現行期間の変更は時期尚早であるとされた。大多数の特許制度は、全般的な猶予期間を与えていない。

ボーラ条項型の例外規定


条文Q.Q.E.13.  第〔4〕節(特許の例外および制限)に関し、各締約国は、第三者がその締約国における医薬品の販売承認を得るための申請書を補足するのに必要な情報を作成するために、存続特許の対象物を使用することを許可し、また、そのような承認の下で製造されたどの製品も、その国の販売承認要件を満たすために提出する申請書を補足する情報の生成の目的以外で、領土内で製造、利用または販売してはならないことを規定すること。

**締約国がそのような製品の輸出を許可する場合、その国の販売承認要件を満たすため、申請書を補足する情報を生成する目的に限り、その締約国の領土外へのみ製品を輸出できることを規定すること。

日本は米国のこの提案を支持

**109によれば、日本は検討中

691項特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。

日本の最高裁判所は、特許医薬品のジェネリック(ノーブランド)同等品を販売する認可取得を目的とした特許発明の利用は、法定上の研究として免除される範疇にあるとみなされるべきだ、という見解を保持としている。

日本の免責条項は、医薬品のみならず、医療器具を含むあらゆる特許製品に適用される。
Bolar型規制免除は、特許発明の非商業的研究での利用を助け、特許期間満了後の迅速な市場参入を促すものだ。Bolar免除は日本の公益に寄与する。第69条は、特許取得者と一般大衆との間で利害のバランスをとるもので、技術の向上と産業の発展を促すものである7

ボーラ免除に関する米国提案は、米国または日本の法律における例外の全範囲を明記するものではない。米国の提案は医薬品に対してボーラ条項を適用しているが、連邦最高裁判所の決定では、35U.S.C.§271(e)(1)の下、米国が医療器具などを含む(TPPの米国提案よりも)さらに広範なボーラ免除規定を認めている8ことを明確にしている。

TPP のボーラ条項は、どの特許製品にも適用され、輸出のための広範囲な使用を認める日本の法律の免除範囲をすべて反映するよう修正されるべきである。

※ボ-ラ-条項:試験・研究など、非商業的利用における一定条件下での特許権の適用に関する例外条項

米国実用性試験


条文QQ.E.10.*各締約国は特定の、実体的な、信頼できる実用性がある場合には、申請された発明の実用性を認めること。
*注102によると日本はこの条項を検討中

291項 産業に利用できる発明の発明者はその発明に対する特許の権利を有する資格を持つ。
産業上の利用は日本国内法の法的要求事項である。

「産業」という用語には製造業、農業、漁業、林業、鉱業、商業、サービス業が含まれる。

しかし、この用語には一定の制限があり、医療分野は除く。
-以下を参照


特許は、新規性、進歩性が認められ、産業に利用できる場合、どのような発明でも取得可能であるべきである。

 TRIPS協定と提案QQ.E.1によれば、締約国は「産業に利用できる」と「実用(有用)性」を同義語として扱ってもよいが、義務ではない。

しかしこの条項は、米国の特定の、実体的な、信頼できる実用性を押し付けようとするものである。日本の基準よりも範囲が広く、真に産業への利用や技術的特徴がない発明も対象となっている。

つまり、どのような発明でも実質的に利用でき、有用な特定の結果を出せば、実用性要件を満たすことになる。

この基準は、治療に関する特許申請を促進する。

産業上の利用要件は、そのような治療への特許性に対する障害にはもはやなりえない。

医学的治療に対する特許性は、将来の医薬品および医療機器の研究開発参入にとって新たな障害となる可能性がある。


(特許審査期間のための)特許期間の調整

条文QQE.XX
 (b) 各締約国は特許所有者の要求により、特許承認過程で発生する理不尽な遅延を相殺するため、自国の(特許)期間を調整すること。

この項(b)の目的を達成するため、少なくとも、締約国の領土内で出願された特許が発行まで4年以上を経過したか、または申請の審査要求から2年経過のいずれか遅い方が理不尽な遅延に含まれるべきである。

特許申請者の行為に帰する期間は、遅延の判断に含める必要はない。

日本はこの条項に反対

671項 特許の期限は権利申請の20年後に終了する。

日本の法律には、特許審査に関わる特許期間の調整を明記している条項はない。

特許審査により生じた遅れに対する特許期間延長の義務はない。

特許期間の調整(通常、延長と呼ばれる)は明らかにジェネリック薬品の市場への参入を遅らせ、安価な薬品へのアクセスを制限する。

米国のTPP提案は、特許審査による遅延に対し、全般的な特許期間の調整を新たに導入している。

日本は、特許の延長を規制上の審査期間との関係で認めている一方、4年を超える(もしくは審査請求から2年)審査期間に対する延長は、新たに認めることになる。

特許期間の調整により、特許所有者は特許有効期間を延長することができるようになる。

これは、特許制度のなかで保たれている利害のバランスを損なわせる可能性がある。

特許期間が長くなれば、発明(の恩恵)はいつまでも公有のものにならない。

こうした条項により、科学、技術、産業の分野において、既存の発明を基にしたさらなる発展への試みが妨げられる。

特許期間の調整により保健制度の経費が増し、発明に続くイノベーションも制限される。


(規制上の審査のための)特許期間の調整
条文QQE14
C)各締約国は、特許所有者の求めに応じ、新たな医薬品の製造と使用方法における特許期間の調整を可能にすべきであり、また販売認可手続きよって有効な特許期間が理不尽に短縮された場合は補償されるべきである。

 (d)6(c)を実行するために、各締約国は:
(i)販売認可を得るために審査中の新しい医薬品1つひとつに対する1回の特許期間調整に適用を制限する。

 (ii) 締約国で新しい医薬品に付与される最初の販売承認を得るための調整の理由を求める

)調整期間を5年以下に制限する。

*注110によると日本はこの条項を検討中

672項 
特許を取得した発明が効力を発揮できない期間が存在する。それは、特許の承認に関する条項により安全性の観点また政府の指示に基づき求められたもので、適切な手続きのために考慮された期間であり、目的や手続きその他に焦点を当て、そのような措置は特許を得た発明が効力を発揮するためには必要である。特許権は延長の申請の申請により5年を超えない範囲で延長することができる。
 

日本では特許期間の延長は規制認可の場合にのみ可能である。

日本はこうした延長に様々な制限を加えている。

(特許期間の)延長は、特許の範囲としてよりも実質的に承認審査の範囲と関連している。

例えば、各承認審査が同じように「遅れた」場合は、同じ特許の対象となる複数の医学的適応に延長が適用される可能性がある。

しかし、(特許期間の)延長は、販売承認の対象となる特定の使用のみを保護する。

言い換えれば、2つの商品が同じ特許の対象となる同じ成分を採用しているという理由のみにより、1つの商品の審査期間に関する延長が、自動的にもう1つの特許保護を可能にするわけではない。
日本は長期の承認審査期間について、特許の期間延長を定めているが、いくつかの制限を課している

例えば、1つの製品の承認審査期間に対して与えられた特許の延長を、ほぼ間違いなく対象となる場合でも競争を妨げるために利用することはできない。

これにより、特許保護の延長は、延長が付与された目的にのみ限定して与えられている。

米国の提案には、この保護措置が含まれていないようである。

QQ.E.14(d)は特許期間延長の制限を決める際に、いくつかの柔軟性を与えている。

これらの制限は、米国の特許法に見られるものとまったく同じではないにしても、類似している。すなわち、関係者は延長を、1つの医薬品に対し1つに制限し、さらに/または、延長期間を5年までとしている。(35USCを参照)

販売認可のために提出された試験データの保護
条文QQE16
(a)締約国が、製品の安全性と有効性に関する情報の提出を、新しい医薬品の販売認可を付与するための条件として求めるか、または許可した場合、そうした資料の作成は多大な労力を要するもので、締約国は、その締約国の領土内で販売認可を得るために、安全性または有効性に関する情報を以前に提出した人物の同意を得ずに、第三者に対して、同じかまたは類似の製品を、以下に基づいて販売してはならない。

(i)販売認可のために以前提出された安全性または有効性の情報;もしくは

)締約国の領土内において、新しい医薬品の販売認可が下りた日から少なくとも5年間、販売認可が存在しているという証拠

(c)締約国が、以前、別の医薬品販売で認可された化学物質を含む医薬品に、販売認可を付与するための条件として、生物的同等性の情報以外に、すでに承認されている化学物質を含む医薬品の承認に必須の新しい臨床情報の提出を要求するか、または許可している場合、その締約国は、以前に、その国の領土内で販売認可を得るためにその新しい臨床情報を提出した人物の同意を得ずに、第三者に対して同じか類似の製品を、以下に基づいて許可してはならない。

)販売認可を得るために、以前提出された新しい臨床情報;もしくは

)その締約国内で、新しい臨床情報を根拠にした販売認可の下りた日から少なくとも3年の間、その新しい臨床情報をもとに販売が認可されているという証拠。

*注113によると、日本はまだこの条項に関する立場を検討中
日本にはデータ保護の規定はない。
しかし、新しく承認された医薬品の有効性と安全性の監視と確認を目的とする日本の(PMS)制度は、医薬品会社によるジェネリック医薬品の参入を事実上排除し、特許期間が切れた後も参入できないことがある。
殆どの新薬の承認には再審査期間が設けられており、この期間が終了するまでの間、ジェネリック薬品の会社は医薬品の承認申請を提出することができない。
排他的なデータ使用を規定はしていないが、実際にはそれがジェネリック薬品が市場に出回るのを遅らせている。

再審査の期間は、活性成分については販売認可がおりた日から8年間、新規適応や服用については販売認可から46年間としている。
日本のPMSシステムは医薬品安全監視(ファーマコビジランス)になることを意図しているが、米国のデータ保護は医薬品会社の金銭的利害に寄与するものである。

データ保護により、規制当局はジェネリック医薬品の登録のための医薬品の安全性と有効性に関するすでに確立したデータを使えず、ジェネリック医薬品の市場参入を遅れさせ、医薬品の価格が必要以上に高くなる。

データ保護条項は、人間や哺乳動物に対する重複試験に対する医薬品の倫理基準とも合致しない。

漏えいした米国のTPP提案では、新しい医薬品のためのデータ保護を提供している。(条文9.2

この条項は、販売認可の資料は通常なら公開され、公有のものとなるが、そこで提出される安全性と有効性情報のためのデータについて、「少なくとも」5年間の保護を規定している。

この原案は、既存の医薬品に対する新規適用または適応に対する新しい臨床情報の提出に際し、「少なくとも3年間」のさらなるデータ保護も導入している。

基準の製品と同じかまたは近いと考えられる医薬品も、保護されたデータを使用できない。

米国は生物学に関連した試験データのための、12年間のデータ/市場の保護も求めている。

(最新癌治療などのバイオ工学の医薬品)
QQE20条、生物学に適用される特定の条項のための プレースホルダ参照、)年数によっては、この条項は、日本の保健およびイノベーションにとって相当な財政的結果を伴う、保護期間の延長を意味する可能性がある。

特許リンケージ
条文QQ.E.17* 締約国が、医薬品の販売認可の条件として、最初に安全情報や有効性情報を提出した以外の人が、別の領土での販売認可取得のために提出した証拠など、すでに認められている製品の安全性や有効性に関する情報や証拠に頼ることを要求するかまたは許可する場合、各締約国は以下をおこなう。
 (a)以下に対して透明性ある効果的な制度を提供する

 (i)1つの特許、または承認済み医薬品か承認済みの使用方法を対象とする複数の特許の同定

 (ii)パラグラフ5(a)(i)で言及された承認済み医薬品と同じか類似した製品を、特許権の期限内に販売しようとする他の個人または法人についての特許権者への通告

 (b)そのような第三者が、特許権の期限が切れるまでその製品の販売を延期することに合意しないかぎり、特許権を侵害している製品の販売申請を許可する前に、特許権者が以下を提供して必ず救済を求められるようにする
 (i)特許の有効性や、侵害したとされる特許の違法性に関する争議を解決するための十分な機会を与える目的で定められた一定期間販売認可自動延長
 (ii)特許の有効性または侵害したとされる特許の違法性に関する争議迅速な解決を可能にするための、効果的な暫定的措置を含む、法的または行政的手続き。

(c)そのような他人の製品が、サブパラグラフ(a)に準ずると確認された有効な特許権を侵害すると分かった場合、特許権の期限が切れ前にその製品が未承認で販売されることを禁止する措置の提供。

 (d)締約国によるサブパラグラフ5(b)(i)と合致する販売認可の付与遅れた場合、特許権の有効性または適用可能性に対する異議申し立ての成功に対し、この協定の条文と整合する効果的な報償の提供。
*113によると、日本はこの条項についてまだ検討中。
日本には現在、特許リンケージ制度がない。しかし厚労省は、先発医薬品の活性成分を含む特許権が有効な場合に限り、ジェネリック医薬品の販売を原則的に承認しない。厚労省が後発医薬品を承認しないのは、特許が明らかに侵害されている場合のみである。この保護措置は新規適応、調剤、投与の方法には適用されない。
特許リンケージは、医薬品の販売認可と特許状況をリンクさせる仕組みである。特許リンケージの下では、誤った特許権でもジェネリック医薬品登録の障壁となる可能性がある。ジェネリックが市場に出ることを防ぐことによる特許権者への金銭的な利益が罰金を上回るため、特許リンケージは、乱用を促しかねない。

米国のTPP提案は、承認済み医薬品を対象とした特許を確認するための仕組みを各国に求めている。日本の現行制度と異なり、これは新たな用法と適応症を含むことになるだろう。そうなればジェネリック医薬品の競争が少なくなりかねず、コストが上昇する。米国の提案に従うなら、日本は特許権者のための通告システムを確立し、販売認可の自動延期と、特許期間中に特許権を侵害している製品の販売を防ぐ措置を正式に発足させなければならないだろう。

この条項の文言からは、ある製品がどのような条件のもとで承認済みの医薬品に「類似している」とみなされ、特許権者に対する通告義務が発生するのか、はっきりしない。この条項により、特許権者が潜在的競争相手に圧力をかけやすくなる可能性がある。


特許権有効性の法的・行政的推定





条文Q.Q.H.2* 
行政法上の特許施行手続きにおいて各締約国は、所轄官庁によって十分に審査され、付与された特許権の範囲内の主張は、その国の領土内における特許性の適用基準を満たしているという反証を許す推定を規定する。
*193によると、日本はこの条項について検討中
1043項 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により又は当該特許権の存続期間の延長登録が延長登録無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。
米国のシステムと同様、日本は特許権取り消しのための並行システムを持っている。2005年に第104条3を施行して以来、日本の裁判所は特許権侵害の訴訟において特許権を無効にする権限を得た。しかしながら、裁判所のとりけし決定は、当事者にのみ適用される。日本の特許庁に持ち込まれる取り消し訴訟はその他全ての目的について有効か有効でないかを判断する。


米国の以前のTPP提案は、ある特許権とそのそれぞれの主張が民法・行政手続きにおいて、どちらも独立して有効であるという反証を許す推定を規定するよう署名国に求めていた。最新版の提案には、これは含まれていない。

特許権の有効性に関する法的・行政的推定によって、費用のかかる一方的な法的手続きが発生し、不当な特許権に対する異議申し立てが難しくなる。

米国と日本には、特許権を無効にする2つの方法がある。法廷によるものと特許事務所によるものだ。(米国では米国特許商標庁(USPTO)による査定系再審査、当事者系再審査、あるいは登録後審査、日本の特許庁(JPO)では無効審判)

米国の特許訴訟では、特許請求は35 U.S.C. §282に則って有効性の推定を享受できる。推定を覆すための証拠に関する基準は法令に明記されていない一方、米国の裁判所は、推定には相当な証明責任があり、明確で説得力のある証拠がなければ推定は覆されないという意味であると法令を解釈してきた。そのような有効性の推定と証拠の水準が高くなることにより、悪質な特許の非有効性を裁判に訴えることが難しくなり、代わりに特許の質が下がる。たとえ、特許事務所が間違って特許を付与したとしても、異議申し立てをする側は明確で説得力のある証拠で有効性の推定を覆さなければならない。

しかし、そのような米国においても、同じ推定がUSPTOに持ち込まれる紛争には適用されないようである。「証拠{しょうこ}の優越」で、十分に特許は無効になる。行政手続き有効性の推定を求めるTPPの提案によって、米国法の適用範囲が広げられる可能性がある。

日本の裁判所は米国と同様に、特許権侵害の裁判において無効弁護がなさなれた場会、特許権を無効にすることができる。しかし、米国と異なり、有効性の推定や証拠基準の改定もない。特許庁は有効性も推定しない。


特許権侵害による損害の賠償

b) 知的財産権の侵害による損害を測定する際、管轄省庁は、特許侵害された財やサービスの価値について、特に希望小売価格、または特許権所有者によって提出された正当な算定方法によ価値を考慮する。
*この条文にはすでにカッコはついていない。つまり締約国はすでにこの条項に合意している。

7**特許権侵害に関する民法上の手続きにおいて、各締約国は、管轄省庁が確認あるいは評価した額の3倍まで損害額を増やす権限を持つことを規定する。
**日本はこの条項に反対

102条1 損害は特許権者の逸失利益にもとづく
(第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。)
1022 損害は特許権侵害者が得た利益にもとづく(2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。)

1023 損害は妥当な特許権使用料にもとづく(3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。)
1053 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、損害が生じたことが認められる場合において、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨および証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。
102条は、特許権者が被った損害額を算定するために3つの方法を導入している。
・特許権侵害者の販売量を特許権者の単位当たりの利益で乗じた額(販売量が特許権者の能力の範囲内にある場合に限る)
・特許権侵害者の販売量を特許権侵害者の単位当たりの利益で乗じた額。
・特許権侵害者の販売総額を特許権使用料率で乗じた額。

特許権侵害が故意あるいは重大な過失でなければ、裁判所は損害額が実際にはもっと大きいとしても妥当な特許権使用料と同額に制限する裁量権がある。
.
米国提案の草案は、希望小売価格または特許権者から提出された「その他の正当な価値評価」を提案している。

小売価格にもとづいて計算される損害額は、特許権者の利益に大きく偏るものである。希望小売価格は、仮説にもとづいた価格であり、通常、特許権者が被る損害額よりかなり大きい。その上、特許権者が提出する希望小売価格は上乗せされているか、不正確で実際の小売価格より高いこともありうる。これは非現実的な損害額の決定につながり、特許権者に有利になり、被告側は不確実な法廷闘争に踏み切れないだろう。

条文QQ. H.Yは管轄省庁に、いかなる損害賠償額でも3倍にする大きな権限を与える。条文には損害に関する裁量の拡大に制限を設けていない。米国では、裁量の拡大は故意の侵害、少なくとも客観的無謀の場合にのみ適用される。

日本の裁判所では、損害に対して補償による解決を維持し、特許請求をふるいにかけ、損害の適当な算定方法をケースバイケースで決めることによって、特許侵害訴訟での競合する利害を調整することができる。

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