2014年1月29日水曜日

米国NGO「パブリック・シチズン」による「TPA 法案」への批判的分析

ご本人の了解をいただき九州大学の磯田宏さんの仮訳を基に翻訳チ-ムの清水さんにまとめていただきました。2002年のTPA法は貿易促進権限“Trade Promotion Authority”。今回の法案は同じTPAでも通商優先事項法案“Trade Priorities Act”と名前を変えているところがミソと言えます。本当にその“ミソ”がその通りになっているのかは、このパブリック・シチズンの批判を読んでいただき判断いただきたいところです。

ただ、昨年11月にオバマ大統領に提出された200名近い民主・共和両党議員による書簡で強く主張されていた、憲法上議会の専決的な権能である通商協定の締結権限を取り戻す要求、通商協定を発効する過程で制定される国内法としての協定実施法により、国内法の制定・修正にも議会の権限が及ばないことに対する反発、その上で、議会としての通商交渉上の目標などの明示などがこのTPA法案に見て取ることが出来ます(先の翻訳:下院歳入委員会と上院財政委員会スタッフによるTPAの概観、を参照)。

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パブリック・シチズンによる「TPA 法案」への批判的分析
2014 年1 月11 日(仮訳・磯田宏)
キャンプ・ボーカス法案であの2002 年ファスト・トラックが復活する

2007 年に失効した2002年版ファスト・トラックの手続きを踏襲したキャンプ・ボーカス・ファスト・トラック法案

大統領は通商交渉相手国の選定と交渉開始の権限を一任されることになる。この権限には、2002 年ファスト・トラック法案と同様キャンプ・ボーカス法案でも、議会に対する形式的な諮問と交渉開始90日前(暦日)までの通知という条件しかない。議会手続きが簡略化される当該の協定の交渉開始を大統領が決定しても、議会が拒否権を発動する仕組みはなく、協定相手国の選定にも口をはさめない。(第5 条(a))

大統領は協定の内容を決める権限を一任されことになる。2002 年ファスト・トラックと同じく、キャンプ・ボーカス法案のなかで定められている議会の交渉目標に強制力はない。米国の交渉官たちがこの交渉目標一覧を手にしようがしまいが、大統領には議会が採決する前に通商協定に署名する権限がある。しかも、通商協定の実施に必要な法案を作成することができるのは行政府であり、行政府には、上下両院が90 日以内に採決にかけるということが保証されている。議会による修正は一切禁止され、審議時間は(上下院それぞれ)20時間を超えてはならない。(第3 条(b)(3))

これまでの大統領は、民主党、共和党を問わず、ファスト・トラックで定められた交渉目標を無視してきた。NAFTA 締結およびWTO 設立のときの1988年ファスト・トラックには労働基準に関する交渉目標が定められていたが、どちらの協定にもそのような規定は含まれることはなかった。2002 年ファスト・トラックでは、為替操作を規制する枠組みの創設が優先項目の1つとして挙げられていたが、同ファスト・トラックの下で締結されたどの通商協定にも、為替操作の規定は含まれなかった。

大統領は、形式的な諮問と90 日間(暦日)の事前通知のみを条件とし、簡略な審議ですむ通商協定に署名し、加盟する権限を与えられる。(第6 条(a)(1))どの時点で交渉を「終結」させるかは、行政府が単独で決定する。この法案で定められた議会との「協議」の仕組みのなかには、議会が定めた目標が本当に達成され、そのうえで妥結したのかを正式に審議する権限や枠組みはなく、大統領の協定署名の前に議会が自分たちの目標が達成されたことを確認する手段はない。

大統領は、広範な実施法案を作成し、議会に提案する権限を与えられる。(第6 条(a)(1)(C)) 2002 年ファスト・トラックと同様、その法案を議会の委員会で修正することはできない。2002 年ファスト・トラックには、大統領が「通商協定を実施するために必要ないし適切」な実施法案だと考えれば、アメリカの法律にいかなる改訂を加えることもできると書かれていた。これまでファスト・トラックでは、この「適切な」という用語が盛り込まれることについて論争があった。というのも、議会が当該協定実施のために「必要」と考えようが考えまいが、行政府に対し既存のアメリカ法に改定を加える巨大な自由裁量権を与えるからである。実際、「適切な」という用語が盛り込まれたことで、民主・共和両党の政権は、委員会での修正も本会議での修正もなくアメリカ法に的外れな修正を加え、立法化することが可能になった。今回の法案では、「適切な」という用語を削除するどころか、2002 年ファスト・トラックと同じ「必要あるいは適切な」という文言の前に「厳密に」という余計な修飾語が加えられただけである。(第3 条(b)(3(B)ii)2002 年ファスト・トラックと同様、通商協定の実施法案に盛り込まれた、行き過ぎた条項に対抗するためのいかなる議事進行上の手続き(point of order)もその他のメカニズムも存在しないのである

2002 年ファスト・トラックと同じく、今回の法案はそうした実施法案を、下院で60 日の会期日数以内に、上院ではその後追加の30 日の会期日数以内に採決することを義務づけることになる。(第3 条(b)(3))

2002 年ファスト・トラックと同様に、今回の法案は実施法案に対する議会でのあらゆる修正を禁じており、上下院での審議時間もそれぞれ20 時間しかない。上院を含め採決は単純多数決である。

今回の法案は、ファスト・トラックによる(審議)手順の適用の際の制約を特定の通商協定に課すという点でも2002 年ファスト・トラックの複製である。上院財政委員会が公表した法案概要説明によれば、同法案では「強力で包括的な」(議会による)非承認措置が含まれていることが提案されている。しかし実際には、2002 年ファスト・トラックの複製であり、ファスト・トラック非承認の決議を提案する根拠には制限が加えられている。また、そのような決議案の審議手続きも2002年のままで、決議が採決に回される見込みすら確実ではない。本会議で審議するためには、下院歳入委員会と上院財政委員会の承認が必要であり、そのうえで上下両院は60 日以内に当該決議を成立させなければならない。(第6 条(b)))

今回の法案には、2002 年ファスト・トラックにはなかったいくつかの交渉目標が含まれている。ところが、この法案のなかで再度確立されることになるファスト・トラックの流れをみると、こうした目標を完全に実施できないことは必至である。

また、「新しい」と喧伝されている今回の法案の交渉目標のなかには、2002 年ファスト・トラックでも言及されていたものがある。例えば2002 年ファスト・トラックには為替(操作への)対策が含まれており、「協定参加国間で、著しくかつ予期できない為替変動が通商に与える結果を検証し、国際貿易における競争優位を促進するために自国通貨を操作するような方法をとる外国政府がないかどうかを精査するため、協議の仕組みの確立を追求する」としていた。(19 USC 3802 (c)(12))今回の法案の、いわゆる「新たな」条文では次のように定めている。「為替取引に関するアメリカの主要な交渉目標は、アメリカと協定を結んでいる相手国が、有効な国際収支調整を妨げたり、あるいはアメリカやその他の加盟国から不公正な競争優位を獲得しようとして為替相場を操作することがないようにすることである。その方法には参加国間の協力の仕組み、強制力のある規則、報告、監視、透明性、あるいはその他適切な手段があげられる」(第2 条(b)(11))

「議会との調整強化」と自賛されているものの内実は、2002 年ファスト・トラックで「議会による監視グループ」とされていたものを、「議会による交渉助言グループ」と改名したに過ぎない。透明性の向上をうたった条項は、過去の方法を正式なものにしただけである。

2002 年ファスト・トラックでは、議会指導者が指名する議員からなる議会監視グループ(COG)を設立し、その議員はUSTR から交渉の進捗に関する特別な説明を受け、交渉に助言者という立場で出席することができた。今回はこのCOG を「下院の交渉助言グループ」「上院の交渉助言グループ」に改名し、両者が共同して活動するとしている。しかし、指名の方法も議会による助言グループの役割が限定されていることも、2002 年ファスト・トラックと同じである。(第4 条(c))

今回の法案はUSTR に対して、議会、国民、民間部門の助言者グループと協議する際の指針を作成するよう指示している。実際には、この条文はUSTR が利害諸関係者とどのような関係を結ぶか(あるいは結ばないか)を明記するように求めているに過ぎない。

今回の法案は、USTRに対し連邦議会議員は誰でも通商協定文書を閲覧できるように義務づけることで、過去のUSTR の方法を正式なものにしただけだ。たとえば、NAFTA 交渉のとき、議員は各交渉会合後に議院内の特別室でNAFTA 条文の最新版全文を見ることができた。2013 年夏にオバマ政権はTPP 条文草案閲覧を求める議員たちからの圧力に応える形で、議員が要望する特定の章について議員事務所に持って行くことを認めた。今回の法案は、通商協定条文の全草案に議員が常時アクセスできるような措置をUSTR に再開させたわけではなく、議員が閲覧を希望した場合にどのように閲覧させるかの裁量はUSTRに任せたままである。

さらに今回の法案は、機密扱いの通商協定の提案事項や条文草案について、秘密保持審査に通った(委員会所属の)委員の議会スタッフだけに閲覧を認め、審査に通っていても議員の個人スタッフには認めない、という2002 年ファスト・トラックで問題となった文言もそのまま繰り返されている。

キャンプ・ボーカス法案の第113 回議会での承認はかなり厳しい。

下院民主党議員と共和党議員の多数が既に今回の法案の核心になっている旧来のファスト・トラックの手続きに反対を表明している。議員が中間選挙に気を取られる前の2014 年前半のうちに法案を成立させる見込みは限られている。

昨年11 月、民主党議員151 名がオバマ大統領に宛ててファスト・トラックに反対する書簡を提出し、通商協定交渉とその承認について新たな仕組みの創設を要求した。

また27 名の共和党議員も、オバマ大統領に2 通の書簡を送りファスト・トラックへの反対を表明している。

下院歳入委員会のほとんどの民主党委員が11 月に出された追加の書簡に署名しており、旧いファスト・トラックの手続きはほとんど支持を得られないことを示している。

議会への上程が何回も延期されたにもかかわらず、今回のファスト・トラック法案は下院民主党の共同提案者を見つけることができなかった。下院歳入委員会野党(少数党)筆頭理事のレビン議員(民主党、ミシガン州選出)は、今回の法案の不支持を表明している。レビン議員は2002年ファスト・トラックの手続きを変更して、通商協定の内容を決定する上で議会の役割を強化するよう要求していたが、下院歳入委員長キャンプ議員(共和党、ミシガン州)、上院財政委員長ボーカス議員(民主党、モンタナ州)、および上院財政委員会野党筆頭理事ハッチ議員(共和党、ユタ州)に、すげなく拒絶されている。

今回のファスト・トラックは、TPP と米EUFTA(TAFTA)に(それぞれに新法制定を必要としない)祖父条項として適用される。(第7条) TPP とTAFTA のためのファスト・トラックで特に問題になっているのは、これらの協定に特許、著作権、金融規制、エネルギー政策、政府調達、食品安全性、その他諸々が含まれており、連邦議会や州議会がこれら慎重な扱いを要する非貿易事項に関する法令を維持し、成立させる政策が制約を受けるからである。ファスト・トラックは、1970 年代に関税や輸入割当という狭い範囲に焦点を絞った通商交渉が行なわれていた時代に設計されたものであり、今日の協定のように広範な非貿易的政策を扱うためのものではなかった。

ファスト・トラックは例外的な存在でしかない。過去19 年間のうちたった5 年間しか発効していなかった。

民主・共和両党の大統領は、ニクソン時代のファスト・トラック枠組みを通じて憲法上の通商権限を議会から大統領に委譲させようと苦闘してきた。NAFTAとWTO 設立協定が議会を通過して以降19 年間のうち、ファスト・トラックが効力を持っていたのはたった5 年間(2002から2007 年)だった。

ビル・クリントン大統領は第2 期目にファスト・トラックによる通商権限を獲得しようと2 年間注力した。しかし、171 名の民主党議員に当時の議長ギングリッチに反対する71 名の共和党議員が加わり、1998年に下院本会議で否決されている。クリントン大統領は8 年の在任中6 年間ファスト・トラックがなかったが、それでも130 以上の通商協定を発効させた。

ジョージ・W・ブッシュ大統領は2002-2007 年ファスト・トラックを獲得するために2 年の歳月と相当な政治的資本を費やした末、共和党が多数を占める下院でわずか1 票差で可決され、そしてそれは2007年に失効した。
(翻訳:清水亮子/監修:廣内かおり)

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